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2010年8月

明日からローマ書

 明日から始めます。ローマ人への手紙。長いので、ローマ書と呼ばれることが多いのですが。はてさて、どのくらいで読み終わるのでしょうか。

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再開を延期します

 すみません。ローマ書の開始、少し延期します。まもなく、夏期休暇に入るところでして、その前に片付ける仕事が山積。間に合わなくなってしまいました。うーむ、自己嫌悪。ええと、切りのよいところで、9月1日から、ということにさせてください。本当にすみません。

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創世記は終わり

 創世記が終わりました。7ヶ月ほどで読み通したことになります。前回のマタイよりはスピードアップ。それぞれの書の性格によって変わります。
 2週間お休みをいただいて少し準備をして、8月16日から、新約聖書に戻って、今度はローマ書を読んでいくことにします。その後は、たぶん出エジプト記、でしょうか。新約はともかく、旧約は、ある程度時系列的に読んでいった方が、わかりやすいでしょうから。
 では、2週間後にまた。普段のブログは「ささやかな風」をご覧ください。暑い日々が続いていますので、ご自愛くださいますように。

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創世記 50:22-26

 アブラハムからヤコブまでに比べると、ヨセフは短命である。兄たちよりも早く死んだようにも見える。とは言え、エジプトの大臣になってから80年を過ごしているのだから、十分に活躍したとも言える。ゆっくりと長く生きるのと、燃えさかるように短く生きるのと、どちらを好むかは人によって違うだろうが、でも、人の命を決めるのは神ご自身であるからして、私たちは目の前の今を生きる以外にはない。まあ、110歳は現代の感覚では十分に長いだろうが。
 この終わりの時になって、ヨセフは初めて、カナンへの帰還について語っている。今はあくまでも一時避難に過ぎないのだということを、ヨセフは悟っていた。彼らのいるべき場所は、そして、アブラハムに託された使命をはたいていくための場所は、このエジプトではない。イスラエルは結局、エジプトの民とは同化しなかった。そうなっても不思議ではなかったのに。それゆえに厳しい事態に至るのだけれど、その方向性は神が与えられたものだ。この世に住み、かつ、この世に同調せず。この生き方が神の民には問われている。

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