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2011年3月

ちょっとお休みします

すみません。地震のことで支援態勢を作る上でしなければならない役目が出てきまして、少しばかりお休みします。本当は、そういう慌ただしさの中だからこそ、こういうものは続けていくべきなのですが。見通しがついたらできるだけ早くに再開します。私たちの教会はとりあえずは守られていますが、液状化によって被害の出ている地域もすぐ近くにあります。

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出エジプト 3:13-14

 新改訳聖書で言えば「主」というふうに訳されている言葉、アルファベッドではYHWHとも表記される神の名は、ここにでてくる「わたしはある」という言葉と結びついている。名前としてはちょっと奇妙な言葉だろうが、しかし、名は体を表すということからすれば、まさに、である。
 私はここに存在する、いや、私がここに存在する。それこそが事態の核心であり、礎であり、そしてまた、人々を守り導く鍵である。出エジプトで言えば、かつて約束を与え、いま、イスラエルを救い出す、その業のすべてを、神である私が遂行するのだと告げられる。この名前は、神の断固たる決意を示すものでもあり、それを聞く者たちにとっては、勇気に満ちた言葉になり得るものだ。この救いについても神はそれこそご自身の存在のすべてをかけて行かれる。以降、イスラエル民族自身の問題、罪のゆえに計画が頓挫しかねないことも多々あるのだが、神の決意は堅く、どこまでも推し進めて行かれる様子がたくさん見いだせるのだ。

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出エジプト 3:7-12

 神はモーセに告げられた。「わたしは人々の苦しみを見た」と。神は超然としておられる方ではなく、単なる傍観者でもない。人々が直面する事態について、真剣にそのことを案じ、そして関わるのだと、この出来事は私たちに告げている。その約束を信じたい。そして、だからこそ、モーセが求められたように、それぞれのなしえることをなすのだ。必死になって、歯を食いしばってでも。

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出エジプト 3:1-6

 いよいよ、モーセが主なる神と出会う場面である。正確に言えば、神のほうからモーセに会いに来られたのであるが。モーセ自身はこれっぽっちも予測していなかった会見だ。羊の草を探しまわって、たまたまホレブ山に来ただけのことである。ちなみにここは、後にはシナイ山と呼ばれるようになる。
 燃える柴そのものに深い意味を求めなくても良いだろう。モーセの気を引き、呼び寄せるために神が用いられたアイテムだ。その不思議さゆえに、呼びかけられたモーセはすぐさま、自分が特別な存在と対面していることに気づく。舅のイテロが祭司であったことも良い感化となっていたのだろうか。だが、最も重要な言葉は、イスラエルの始祖たち、アブラハムたちの神だという部分である。それは神がアブラハムたちに与えた約束を思い起こさせるものであり、つまり、奴隷からの解放へとつながる話となる。アブラハムへの約束、このことは以降何度も繰り返し出てくる。

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出エジプト 2:23-25

 ここにあるイスラエル民族の叫びは、神を呼び求め、神に助けを願う声だったというふうには書いていないことに注目しておきたい。後にモーセが立ち上がった後の様子を見ると、イスラエル民族はどうやら神のことを忘れていたようである。アブラハムに約束された神がおられることを、今始めてきいたというふうでもあり、そして、神への信頼などはまださっぱり見えていない。
 ということは、ここでの叫びは単なるうめきであり、神を求めたわけではないことになる。だが、そのような声を神は受け止めて下さり、人々が願うよりも先に、神のほうで助けを用意して行かれる。モーセの登場は、人々の願いへの応答ではない。神がモーセを立て、それから人々に、「私がお前たちを助けてあげる」と呼びかけて、人々をご自分のほうへと振り向かせておられるのだ。すべては始めに神が行動を起こされて、なのである。まさに恵みである。

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出エジプト 2:11-22

 敵の生命を奪うことは、旧約の中ではさして問題とはされていない。だがここではモーセの行動は単なる殺人として扱われている。良かれと思ったのだろう。だが、モーセの行動は短慮に過ぎ、そしてまた、神の計画とも違うものだった。
 結果、彼は逃げ出さざるを得なくなっている。ミデヤンの野で彼は40年を過ごす。彼は120歳まで生きるけれど、それでもやはり、すでに老齢に達してからの行動開始になってしまった。40年という数字は、後にイスラエルが荒野を放浪した年月と同じだ。あれもイスラエルが愚かなことをしたために約束の地に入るのが遅れてしまった年月である。モーセの場合も同様に考えたほうが良いように思う。もっとも、そういう失敗も含めて、神は物事を最善に導いてくださるのだが。

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出エジプト 2:11-15

 これはモーセが40歳の時に起こった出来事のはずである。有名な映画では、モーセは王位継承レースの有力候補であったとされているけれど、それはどうだろうか。彼がイスラエル人の出であることは、誰が見てもわかることだったはずだ。芸術や学問の道に進むならば王家の一人として誉れを手にすることもできただろうが政治権力は無理、と考えるほうが理にかなっていると思う。
 そのような中で、自分の居場所を模索していたに違いない。彼は結局、エジプト人ではなく、そしてまたイスラエル人でもない状態にいたのであるから。この状況は、モーセが生きながらえるためには必要なことであったのだが、同時に彼がイスラエルを率いる者とのなるためには、まだしばらくの準備期間が必要だった。もっともそれが40年も後である必要は、本来はなかったのだろうが。そう、事態を混乱させたのはモーセの暴走である。

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出エジプト 2:4-10

 聖書は明白に、この子の将来について神が特別な計画を持っているのだということを告げている。パロの娘と言うことは、イスラエル人にとって最悪の相手に見つかったということだったはずだ。しかし彼女はその子をいとおしみ、我が子として育てることにしている。おかげでモーセは生きながらえ、さらにはエジプト王宮の経験を手にすることができた。後にイスラエルの指導者になるに際して、数多くのものが与えられていくのである。乳母を、と申し出たイスラエル人の娘の意図を、王女は承知していたのだと思う。それでもなお、その子を託したというあたりに、1章に出てくる助産婦たちと同様、必要な時には神が必要な人々を備えてくださるという事例を見ることができる。ただし、人の考える最善と、神の考える最善とでは大きな違いがあることを、この後すぐ、モーセは思い知らされる。

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出エジプト 2:1-3

 この両親は、王の力に屈して我が子を捨てたわけではないようだ。確かにナイル川に連れては行った。外面的には、命令に沿っているようにも見える。でも、投げ込んだ(1:22)わけではなく、丁寧に作った篭の中に寝かせておいて、流されないように葦の茂みに置き、そして、姉娘が見守っていた。
 人の力では抗しきれないことがある。その中で隠し続けることの難しさは厳然としていたが、彼らはただ諦めたのではない。彼らは神の手に、その子を委ねたのだ。そのまま放置されていたら、どうするか。家族で国を抜け出すのか。先のことについては、答えは何も見えていなかっただろう。でも、今の自分たちにできることをしてみよう、神の御手に委ねてみよう。それ以上のことは考えられなかっただろうが、だからこそ、その一歩を踏み出した。
 赤ん坊を入れた篭を川に浮かべるという行動自体の是非はいろいろな評価があり得るだろう。もっと他に道はなかったのがと考える人もあるだろう。聖書が告げているのはただ一つのことである。神はこの事態に介入された。先の見えない事態の中で、しかし神の御手は働いた。

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出エジプト 1:15-22

 後にイスラエルがエジプトを脱出しようとする際、神はエジプトに対して過酷な罰を与え続ける。とりわけ最後の処置はあまりにも無残なものだったが、その理由はここにあるのだと思われる。エジプトはイスラエルの赤子を徹底的に殺した。人は自分の蒔いたものを刈り取ることになる。
 前半にあるのは、出産の段階で手を加えて死産にしてしまえ、ということである。胎児なら良いという話ではないのだけれど(日本にだって堕胎罪はある)、初めのうちは、生まれた子に手をかけることまでは要求しなかったのだ。だが途中からは明確に、幼児殺害が命じられた。人の心には、あまりにもひどい行為については抑制がかかるのだが、しかし、それすらも人の悪に満ちた心は突破してしまい、たがが外れたようにどんなことでもしてしまう。この出来事を見ると、罪の恐ろしさを目の当たりにする思いだ。

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出エジプト 1:8-14

 時が過ぎ、エジプトの王朝にどのような変化が生じたにせよ、国を守り支えた最大の功労者が忘れ去られてしまうというあたりに、人間の愚かしさを思わずにはいられない。結局、人は自分の都合しか考えないのだ。イスラエルの民を恐れたこと自体が、狭量の極みでもある。いつの時代にも、国力の源泉の一つは、何と言っても人口の多さである。もともと良い関係だったイスラエル民族と一致協力して歩むほうが国にとって益になるはずなのに、そういう発想は出てこない。代わりに、力ずくで押さえつければ大丈夫だと思い込んでしまう。いったい何が大丈夫なのか。そうすれば国が栄えるということか。あいにくそうはならない。そして押さえつけることすらうまくいかず、この民はますます強大になっている。もっとも、神はイスラエルをエジプトから連れ出そうとしているのだから、エジプトで仲良く共に栄える、ということは神の予定表には書かれていないのでもあるが。

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出エジプト 1:1-7

 今日から出エジプト記を読み進める。おおよその時代は紀元前1450年前後とする説と、紀元前1300年前後とする説がある。時代背景を探索する上では違いが生ずるだろうが、この出来事を理解し、この書を通して神が呼びかけておられることを受け止めていく上では、まあまあ、その点に深く立ち入らなくても良いだろう。
 かつて神はアブラハムに、その子孫は星の数ほどになると告げたが、出エジプト記冒頭にはそのことが語られている。70人でエジプトに移住した一族が、「おびただしくふえた」のである。それは神の祝福であり、同時に、イスラエルの民にとっては苦難の始まりでもあった。なお、イスラエルという民族名は、かつてヤコブが神から与えられた別名(創世記32:28)に由来する。

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