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2018年1月

第一列王記 8:62-66

 こういった祭礼が、神への熱心からなされているものとして記録されているのは明らかだ。ソロモンの意図も純粋なものだったろうと思う。世界各地にも、様々な祭礼に多額の費用が注ぎ込まれるのはよくあることでもある。それを承知の上で、私個人としては何か違和感を抱いてしまう。ミカ書6:6-8も思い出される。神への熱心は、もっと別の形で表せるものではないのか、と考えてしまう。

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第一列王記 8:54-61

 人が神に祈ることができるのは、神が約束を違えず、必ず果たしてくださる方だからだ。もし、神が信頼できない相手だったら、人はもはやどこにも寄り頼める相手を見いだせなくなり、祈ることができなくなってしまうだろう。そういう神のもとで生きていくことができるからこそ、その神の御心に聞き従うことを決意する。逆らったら罰が下るからではなく、最も信頼する方に聞き従うことで、確かな幸いへと歩み進むことを確信するからこそ、だ。祈りは、自分の進む道を確かめるためにも大事な礎となって行く。

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第一列王記 8:51-53

 ほかの民から区別されたもの、と告げられている。イスラエルが優秀だったからではない。それは神の一方的なあわれみだ。民自身に、何か誇れるものがあるわけではない。でも、神は確かに彼らに呼びかけて、ご自分で引っ張り出してくださった。だとしたら、その後のことについても神は関わり続けてくださり、民が罪に堕ちたときにすら顧みてくださり、赦しを求めて祈る民に必ず答えてくださる。そういう意味で、自分は神のお気に入り、であり、神は決して見捨てないと確信できることが、こうやって祈る土台にある。

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第一列王記 8:46-50

 この部分は、後の時代に読む者たちには、ユダがどうなってしまったのかを思い出させるものだ。ソロモンは一般論として語ったのみで、預言ではないだろうが、でも、そういう事態もあり得ると覚悟しているのは、神の前に真剣な姿を示すものと言える。それは決定的に断罪されている状態だが、でも、それでもなお、彼らには回復が用意されている。これは大きな慰めであり、希望である。その扉を開いてくださるのは神ご自身だが、同時に、人自身も、そこをくぐって、入っていくことが欠かせない。せっかくの門を前にして、立ち去ってしまうことがないように。神殿はそのことを人々に呼びかけるものでもある。

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第一列王記 8:44-45

 ソロモンの祈りは、あらかじめ考えられていたものというより、その場で思いつく限りに、だったのかもしれない。挙げられていることの順番は、必ずしも論理的ではない。この部分は、罪ある者に対する赦しを求めるものではなく、戦いに出る人々の守りを願うもので、比較的一般的な感覚でも見られる部類のものと言えそうだ。なおここにも、民は神殿を思い、神ご自身は天でそれを聞いておられるのだという構図が示されていて、神殿のみが神の居場所ではないことは明示されている。

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第一列王記 8:41-44

 神殿はイスラエル人限定、という印象が強いが、ソロモンは外国人の祈りについても、それを聞き届けてくださるようにと願っている。もともと、一つの民族だけの相手しかしないようなちっぽけな神であるはずもなく、全世界の主である方なのだから、当然に、全ての民の祈りの家である。そのことを忘れてしまい、自分たちのことしか考えないようになってしまうのが、人の愚かな常であるのだが。

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第一列王記 8:35-40

 災害がそのまま神の罰とは限らない。だが、神に背き、神を捨てるならば、神によって守り支えられることは期待できるはずもなく、結果、苦難に直面することにもなる。もし、神の前に後ろめたいことがないなら(完全ではあり得ないが)、切に助けを祈り願える。だが、自らの罪を思い知らされるなら、事態の責任は自分にあることを痛感させられるだろう。でも、そんな時でもなお、私たちは神に祈り願い、赦しと救いを求めることができるのだと、ソロモンは語り、祈っている。罪深き者たちへの神の意図は、処罰して終わらせることではなく、回復させることにあるのだから。

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第一列王記 8:33-34

 イスラエルの民にとって、戦いでの勝敗は神との関係が大きく影響すると聖書は言い、人々にもそのように教え示されていた。そう、ここにいる民は神に対して罪を犯し、その結果、敗北したのだ。こういう場合、失望落胆し、世界は終わったと諦める傾向はとても大きい。だがソロモンは、そこに神への祈りが、赦しと救いを求める祈りがありうるのだと語る。悪人だからこそ神の助けを必要とし、その祝福を求めて願う。一見、話が逆のようだが、ここにこそ神の恵みがあり、救いがある。神は罪人を救われる方なのだから。

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第一列王記 8:31-32

 まずは、罪を明らかにしてください、と求めている。のろいの誓い、ということは、悪事を働いたと名指しされた人は否定している、ということだろう。私はやっていない、と抗弁するのは人としてよくあることだが、それが真実かどうかを、人は神ご自身の前で問われねばならないのだ。ただ、神を恐れない人であれば、嘘偽りの誓いを立てることもある。確かに、人の目にはどっちが真実が見えないこともある。だからこそ、神ご自身が対処してくださるようにと祈る。この委ねる姿勢はとても重要だ。人が決着をつけきれるわけではないとの覚悟は欠かせないのだから。そして、罪が明らかになってこそ、以降の祈りは意味を持つようになる。

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第一列王記 8:27-30

 神殿を建てた理由が語られている。神の家であるが、でも、実際には神がこんなものに収まるはずはなく、むしろ、神がその目と耳を、心を、ここに傾けていただくための、その目印的な意味合いに過ぎないことを、ソロモンは認めている。そう、人のなしえることはその程度である。そして、この建物はむしろ、人のためである。人が神に祈り、人が神に願い、そして、30節のように赦しを求める、そのための場所という位置づけは、とても大事なことである。神を神殿という特定の場所に引っ張ってくるのではなくて、人が神を見上げるための手がかりとして、人にとって必要な場所として、という認識は、神を自由に扱うような間違いに陥らないためにも大切な認識である。

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第一列王記 8:22-26

 ここから、ソロモンによる長い祈りが書き記されている。この内容はとても大事なもので、神殿について、神の前に立つことについて、大いに考えさせられるものだ。まずは、神殿建設の出発点が、人々の思いや意欲、信仰ではなく、神ご自身の御業、約束、祝福にあることが語られている。神がダビデを守り導いてくださったからこその神殿、であるのだ。これは主なる神への信仰においてはとても大切なことで、人から始まるのではなく、ということは繰り返し問われるべきことである。さもないと、神によって助けていただくのか、それとも人の頑張りに対して神がご褒美をくれたという構図なのか、その違いがわからなくなってしまい、信仰が混乱してしまう。

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第一列王記 8:14-21

 この発言は、ソロモンの王権が正統であることを指し示すものにも聞こえるかもしれない。そういう意図が含まれている可能性を否定する必要もないだろう。ただ、これまでの神の導きを見るならば、告げられていることは事実であるし、そういう経緯に基づいてこそ、自分は神殿を建てようとしたのだというソロモンの表明は、それもまた大事なことではある。つまり、決してこの事業は、自分から発したものではなく、自分がやりたかったのでやったものでもなく、神ご自身の導きと指示に基づくもの、ということを明確にするのは、とりわけこれだけ大きなことを成し遂げた際には、大事なことだろうと思う。人のなすことには、当然に本人の意志や意欲がある。だがそれ以上に神の御心ゆえに、ということを大切にしていきたいものだ。

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第一列王記 8:12-13

 主は暗闇に住む、とは、申命記4:11からすると、シナイ山での光景を意識したもののようだ。暗雲に包まれた山上で、神はモーセと対面された。一方、詩篇18:2ではソロモンの父ダビデがサウルの追っ手から救われたときの歌で、このことにふれている。とすれば、神の守りと助けを思い浮かべる言葉ということになる。確かに、神殿建設によって人々は、神の守りと助け、共にいてくださる方のことを思い出しやすくなった。この13節にも通ずる。それと共に、契約の箱が置かれた至聖所は窓もなく、常日頃は暗黒の場所であって、人の雑多な日常との違いが意識されている。そのイメージからの言葉でもあろう。ソロモンを初め、民の深い喜びを感じさせられる。

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第一列王記 8:10-11

 神殿が神殿であるためには、壮麗な建物があることよりも、「主の栄光」がそこに満ちることが欠かせない。これは荒野の幕屋の時代から、聖書が繰り返し語り示している様子でもある。この時代には「雲」という目に見える様子でそのことが人々に示されているが、聖書全体で言えば、そこに主に祈り求める人々がいればこそ、ということが、主の臨在につながることも語られている(マタイ18:20)。ただしそれは、清らかな善男善女の、というようなものではないことが、この後、ソロモンによって告げられていくことは重要である。

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第一列王記 8:9

 神の箱は敵に奪われたこともあり、厳しい変遷をたどってきたけれど、十戒の板はちゃんと残っていた。ほかにも、マナの壺とアロンの杖が入っていたのだが、それらは途中で失われてしまったようだ。それでも、神との関係を問いかけるものが残っていたことは、民のこれからにとっては大事なことだ。あいにく、ソロモンも、その後の民も王も、十戒からの乖離がはなはだしくなっていく。十戒は、ただ持っているというだけではなく、その中身をしっかり見定めていくことこそが必要なのだ。

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第一列王記 8:6-9

 契約の箱はモーセの時代に造られたもので、長い辺が1.1m程度のものだから、飢えにかざされているケルビムの像(4.4m)は圧倒的な大きさになる。本来のケルビムは寸法の指定はないが、常識的には箱の飢えにちょうど良く載る程度だったろう。担ぎ棒の長さも指定はないので、そういう部分を拡張して、ソロモンは壮大なものを造っていったことになる。民が捧げた動物の数も膨大だと書いてあり、確かにこの時期のイスラエルは国力も甚大で、民も潤っていたけれど、それにしてもやりすぎではないのかと、少々心配になるほどのものだ。列王記の記者が、この様子を単純に喜び楽しんでいたのか、それとも疑問も含めて書いていたのかは、何とも言えないのだが。

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第一列王記 8:1-5

 エルサレムは、ダビデの支配していた時代から拡張されて行っているようだ。ソロモンが王宮や神殿を築いたのは、ダビデの町と呼ばれていた元の街並みの外側であったのは、当然でもある。まさか、民の住居を押しつぶして造るわけにはいかない。とは言え、その距離は500mくらいなので、郊外にあったはずの神殿が街並みの中に取り込まれていったのは、都市建設においてはよくあることだ。ともかく、この時点では拡張されたばかりの新しい街に整備された道を、人々は会見の幕屋の中心である契約の箱を、新たな安置場所である神殿へと運んでいった。それはソロモンだけでなく、民全体にとって誇らしい、壮観なものであったに違いない。

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第一列王記 7:51

 ソロモンは、これが父ダビデから託された事業であることを意識していたようである。自分一人の業績ではなく、受け継いだもの。それは財力だけでなく、神への志という点でも大事なことで、良き姿勢がこの時点では保たれていたことがわかる。ダビデは、自分で神殿を建てることを神から禁じられたが、それだけになおさら、ソロモンのためにと十分なものを用意しておいたようだ。このあたりを見ると、後継者はソロモンであると、ダビデ自身は前々から強く意識していたこともわかる。

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第一列王記 7:15-50

 細かい作業内容は、この王宮、ひいてはソロモンの勢力、神ご自身の力を知るという意味合いでは大事なことだが、ざっと読み進んでも良いだろう。もし、今それらの偉容を見ることができたらとも思うが、しかし、作られたものはやがては崩れ去る。神殿ですら、である。だから、あの時、その時点での豊かさを思えばそれで良い。実際、ソロモンの強い権力は、彼が死んだ時、あっけなく崩れていく。ソロモンの成し遂げたことは永遠ではなく、その時だけのものということは、大事な視点である。人は皆、今の時を、神の前にしっかり生きて、与えられた恵みを歩んでいく以上のことはできないのだ。

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第一列王記 7:13-14

 ヒラムといえば、ツロの王様の名前だが、むろん、それとは別人だ。本名か、それとも、ツロから呼ばれたのでヒラムと呼んだのか。王家に属する人、というわけではなさそうである。イスラエル人とのハーフであり、当時、そういう交流が一般的だったことを思わせられる。彼には豊かな才能があり、それが十分に用いられていったことが、王宮建設をさらに素晴らしいものへと導いているのがわかる。ソロモン一人ではどうにもならないわけで、賜物を託されている人々が集い、共に取り組んでこそ。これは出エジプト35:30-にも見られる光景である。

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列王記 7:9-12

 王宮の豪華さが語られている。記録した人々は、これを読む者たちがその様子を思い浮かべて、神がソロモンに与えた祝福がどれほど素晴らしいものであったのかを思い起こすことができるようにと、意図したのだろう。石造りの工法についてはあまり詳しくないが、日本の戦国や江戸時代の城壁(2500年後になる)に匹敵するようにも見受けられ、驚異的である。一方、メソポタミアの遺跡を思い浮かべると、当時最先端の文明とも対等に渡り合おうという様子が見える。それは決してソロモンの勝手な思い込みではなく、真の国力であったことが、神の祝福がどれほど豊かであったのかを指し示している。

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第一列王記 7:1-8

 ソロモンの王宮は、神殿よりも長い期間をかけて建てられている。もっとも規模の大きさからすれば、時間がかかるのは当然でもあるが。それに、神を礼拝するための場所という単純な構造の神殿と違い、政務のために用い、一族が住むための場所として使われる王宮は構造も複雑で、出入りする人の数だけで言っても規模が大きくなるのは必然でもある。それでも高さは同じというあたりに、ソロモンが神殿に対して抱いた敬虔な思いを見ることができるだろう。神殿を見下ろすような構造は避けようとした、ということか。杉材の多用は、日本では当たり前だが、石造りを基調とする地域では例を見ない贅沢なもの、と受け止めて良い。

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