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2018年9月

使徒 1:8

 人々が神のもとに立ち返ることを待ち望む者として、私たちがなすべきこと、それはキリストの証人になること、つまり、キリストの御業によって何が約束され、実現されたのか、まさに福音を紹介することである。それができるのは聖霊によって力を受けるからであり、決して自分たちの頑張りによるものではない。地域的な広がりは、当時のユダヤ人にとって分かりやすい拡散の話で、かつ、サマリヤ人・異邦人という、従来は無視されていた人々への波及が明示されていることは重要だ。初期のクリスチャンはそのことを十分に意識していなかったようだが。なお、地の果てをローマへという意味だとする見解もあるようだが、脈絡からするとかなり無理がある。当時のユダヤ人はローマを果てとは思っていないし、ローマ中心の世界観も持っていない。

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使徒 1:7-8

 今こそ、と問い掛けた弟子たちに、その時期は明らかにされていないとイエスは応じられた。ペンテコステは目の前に迫っていたのだから、明らかにしてはいけない理由はあまり見当たらない。とすれば、弟子たちの問い掛けもイエスも応答も、始まりの時がいつかではなく、完成の時はいつかに関するものと理解した方が良いだろう。それがいつなのかは、今なお、私たちもまだ見出してはいない。でも、神はそのことをきちんと見据えておられること、だからこそ、完成の時期がどうであっても、私たちとしては諦めず、焦らずに、自分たちのなすべき業に取り組み続けることが大事、ということになる。

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使徒 1:6-8

 この言葉はずっと、弟子たちがローマ帝国への対抗を意識していたことを示すものとして受け止められてきた。つまり、かつて民衆が思っていたように、イエスが王として君臨し、ユダヤ人を率いてローマと戦う、という構図だ。そういうふうにも読める。それで、イエスは直接的には応じずに、というふうに説明されてきた。だが、イエスが彼らに真っ直ぐ答えたのだとすれば、弟子たちの言葉そのものがもっと霊的な趣旨だったのかもしれない。国の再興とは、ローマからの脱却ではなく、民が神のもとに立ち返ること、なのだとすれば、話はスムーズにつながる。復活後のイエスからずっと説明を聞いていた弟子たちである。それにペンテコステ以降の様子にもローマとの対決は全く出てこないことからも、彼らが願ったことは上記のようなものと理解した方がよさそうだ。

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使徒 1:4-5

 弟子たちは復活されたイエスに会い、意気揚々としていたのだろう。だが、人の意欲や熱意によって動かし得るほど、この世界の抱える事態は容易ではない。だから、神ご自身が彼らを動かしてくださるまでは待て、と告げられている。弟子たちは何が起こるのかについて何も分かってはいなかっただろうが、自分たちの考えで突っ走るわけにはいかないのだということは、よく理解したようである。彼らには、スタートを切るための出発点が必要だった。

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使徒 1:3-5

 復活された後、イエスは弟子たちと共に40日を過ごされた。そこそこの長さと見るか、物足りないと感じるか、でも、もちろん神はこれで直接キリストの口を通して語るべきことは語り終えたということでの、ひとまずの決着である。そう、この時期の最大の意味は、キリストの御業をきちんと弟子たちに理解させ、旧約からの裏付けも指し示すことである。後々弟子たちは、旧約を頻繁に引用していくが、常識的に考えて、その由来はキリストのこの時期の説明にあると言えるだろう。むろん、もって以前に語られたことを思い出して、ということも含まれていくが。言い換えれば、私たちはキリストに直接会ってはいないけれど、聖書を通じて、その御業も教えも約束も、ちゃんと受け取っていくことができるのである。彼らも私たちも、基本は同じなのだ。

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使徒 1:1-2

 冒頭にも述べられているように、この書はルカの福音書の続きに当たる。キリストの生涯を語り示した後で、キリストを信じる者たち、いや、キリストによって救われた者たちの姿が書き記されていく。それは、キリストによって与えられた福音がどれほど確かなものであるかを物語る、大事な証拠の提示、と言えるだろう。書き記したのは引き続き、ルカである。

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予告です

 次は使徒の働きを読んでいくことにします。もう読んだつもりでいたのですが、確かめたら、まだでした。9/25から始めて行きます。

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第二列王記終わり

 第一、第二と列王記を読んできましたが、ひとまずおしまいです。古代イスラエルの歴史と、彼らが神の前にどのように歩んだのかが鮮烈に語られていました。もちろん、これで終わりではないことを私たちは知っています。でもそれで安堵するのではなく、そこにある傷をしっかりと受け止めていきたいものです。さて、少しお休みをして、9/25からの再開にします。久しぶりに新約聖書を読んでいくことにしましょう。

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第二列王記 25:27-30

 これはエホヤキンが55才の時の出来事になる。すでに力も影響力もない抜け殻のような存在を、あえて優遇することで当時のユダヤ、あるいは他の民族との融和を意図した、その道具としての扱いであったと言うべきだろう。彼自身は安堵しただろうが、民としては実質、何の変化にもなりえていない。このことを民族としての希望として受け止められるほど、ユダの末裔たちには余裕はなかっただろうと思われる。列王記は、一切の希望を失って滅んでいったという意味合いで閉じられている。だが、人々の思いを越えて、神は確かにご自分の約束を果たしてくださる。それに向けた動きはすでにあり、ダニエルたちの存在はその手がかりでもあった。誰も気づいていなかったようではあるのだが。

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第二列王記 25:22-26

 残ったユダの民は、今度こそ悔い改めたのか。エレミヤ書39章以降にそのあたりの詳しい様子が記されている。総督になったゲダルヤは、エレミヤの言葉にも聞き従い、民を守るために奮闘した。だが王族のイシュマエルは彼を殺してしまい(総督になれなかった嫉妬心だろう)、バビロンの報復を恐れた民はエジプトに亡命している。その際にはエレミヤも連れ去られたと書き記されている。結局、彼らのその後は不明であり、自分の命は救ったかもしれないが、民としては消滅したのである。やがてユダは回復する。だがそれは神がしてくださったことによってであり、民自身の中には、その可能性すら見えていなかったことが、鋭く告げられている。

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第二列王記 25:8-21

 バビロンによる破壊は徹底していた。都が破壊され、神殿も破壊された。神殿にあったすべての財宝は持ち去られて、ソロモンによって備えられたものは消えてなくなった。民は、神を礼拝する場所も失ったのだ。民自身も連れ去られている。すべてがいなくなったわけではないが、指導的な役割を果たせる人たちがいなくなってしまったため、この地に残ったユダヤ人もいたけれど、その後70年、何もできなかったのだ。18節からには、祭司たちが惨殺されたことが記されている。結局彼らは、神に仕える者出でありながらも、民が神を投げ捨てるのを傍観し、いや、同調していた。エゼキエルのように、すでに補囚となっていた祭司もいたので、その系譜は残ったが、今この時点でのエルサレムからは、神を礼拝するために欠かせない祭司もまた失われた。民は徹底的に捨て去られたのである。

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第二列王記 25:1-7

 バビロンの傀儡として王になったゼデキヤが反逆したのを勇気と見るのは聖書には沿わない。神はそういった安易な勇気より、民の平穏を目指すように告げておられた。それに、結局彼は民を置き去りにして逃げたのであり、だからこそ、軍隊は彼を見捨てた。ゼデキヤへの扱いは壮絶なもので、つまり、彼が最後に見た光景は子どもたちが虐殺される様子、という意味だ。バビロンの怒りが激しかったことが分かる。ユダ王国滅亡は、民が積み重ね続けてきた罪の結果である。だが、そのぎりぎりに至ってもなお、彼らは悔い改めようとはしなかった。神が全面的に乗り出して、厳しく対処すれば人類は悔い改めると考える人もいる。だが聖書は、それはあり得ないと、この民の姿を示して告げている。

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第二列王記 24:18-20

 ゼデキヤはヨシヤ王の息子に当たる。彼が傀儡政権の王に引っ張り出されたのは、人材の枯渇が理由だろう。エレミヤ書を見ると、彼の心は揺れていたようだが、列王記はあっさりと「悪を行った」と書き記すのみである。しかも彼はバビロンに反逆した。当時の情勢を考えて、全くあり得ない道を取る。彼なりの思いがあったとしても、それはエレミヤを通して語られていた神の指示にも合わず、全く愚かなものでしかなかった。国を滅ぼしたのは彼ら自身である。

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第二列王記 24:8-17

 連れ去られたエホヤキムは、それでも生きている間は王として認められていたようだが、獄中死したようだ(歴代誌より)。息子のエホヤキンが王になったが、たった3ヶ月でバビロンの猛攻を受け、降伏して再びバビロンへの補囚が実行された。エゼキエルはこの時に連れて行かれた一団の中にいたようだ。前回はバビロンにとって役に立ちそうな者を連れ去ったとすれば、今回は徹底的な移住であり、国が成り立ち得る人材が失われてしまうほどのものだった。国はますます衰退する。最後の王ゼデキヤの時は、もはやまともな人材がいない、という様相だったはずだ。

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第二列王記 24:2-4

 ユダ王国がここまでに至った理由として、列王記は明確に、マナセの問題を指摘している。むろん彼一人だけの問題ではなく、国全体が神から離れきってしまっていたことが理由と言うべきだろう。忍耐強く待ち続けてくださった神のあわれみだったが、その関係は終わってしまおうとしていた。むろん、それでもなお、人々が神に頼り求めるならば道はあるのだと、エレミヤ書はそのことを必死に呼びかけていたのだが、残念ながら耳を貸す者はごくわずかだった。

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第二列王記 24:1-7

 ヨシヤ王はバビロンに好意的だったようだが、とすれば彼は国際情勢を完全に見誤っていた。信仰的にまっすぐであることと、そういった資質の有無は別の話だ。バビロンの襲撃に、一度は服従したエホヤキム王は、けれど反旗を翻した。こういう場合の処置に厳しいのは大国によくあることで、ユダ王国はあっけなく敗北し、彼自身も、そして、国の多くの支配者層が、バビロンに補囚として連れ去られることになった。ダニエルたちもその中にいた。国としてはまだ存続していたが、基本的な体力、能力を奪われ始めていたのである。終わりの時は近づいていた。

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第二列王記 23:31-37

 ヨシヤ王もまた、息子の育て方に失敗した。エホアハズは神に背く道を歩んだ。ヨシヤを打ち破ったエジプト軍はユダ王国をそのままにはせずに、エホアハズは引きずり下ろして、弟のエホヤキムを王にしている。それに抵抗する力は、すでに南王国にはなかったのである。ヨシヤの繁栄も、それから信仰的回復も、一時のものに過ぎなかったということでもある。エホヤキムも悪に走り、ヨシヤの信仰を受け継ぐ者はいなかった。それにしても、エジプトから要求された金銭の額は、ソロモンの時代を思うと感慨深い。毎年666タラントの金が入ってきていた国が、1タラントの支払いに窮しているのだから。ユダ王国は完全に衰退の道を辿っている。

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第二列王記 23:28-30

 ヨシヤ王の、そしてユダ王国にとっての悲劇は、彼が早世したことである。まだ39歳ということになる。ただし病ではない。彼は戦いに出かけていって、戦死した。その頃、メソポタミアではアッシリアがバビロンに負けて、勢力の交替が起こっていた。エジプトはバビロンに脅威を感じて、アッシリアを存続させることで防波堤にしようと考えたのだろう、援軍を送ろうとした。ヨシヤがそれを妨害しようとしたのは、アッシリアにひどい目に遭わされてきた経験から、バビロンの方がましだと判断したためか。歴代誌には、エジプト王がヨシヤに無謀な戦いに出てくるなと警告したことが書き記されているが、ヨシヤは果敢に出陣し、そして死んだ。それによって、南王国の命運、つまり、神の前に何とか残り続ける道筋は潰えてしまった。

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第二列王記 23:24-27

 ヨシヤ王の対処は徹底していた。それは全面的に評価されている。だが、神からの宣告は厳しい。ヨシヤは自分自身の時代においては国の滅亡を防止はしたけれど、それは彼の時代についてのみ。その後のことは、その時々の王次第、ということである。イスラエル民族に対する神の余地はすでに枯渇していたということか。もっともそれは、民全体の状態がそこまで悪化していたということでもあり、ヨシヤ一人の奮戦では変えられなかったでもある。民の様子は、エレミヤ書においてかなり詳しく見ていくことができる。

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第二列王記 23:21-23

 この記述は衝撃的でもある。律法によれば、過越の祭りは神への礼拝と契約の中心的な存在であるはずだ。でもその祭りが全く行われていなかった、というのである。ヒゼキヤの時に行おうとした経緯は歴代誌に載っているが、定めとは違う方式をとってしまったようだ。ヨシヤ王自身も、定めの通りに毎年、ではなかったようだが。むろん、過越の祭りがなされなくても、他の手段によって神への礼拝をなし、敬虔に歩んでいくことはできる。でも、大事な土台として与えられていた祭儀をなおざりにしてしまっては、人々の信仰が崩れ、神への想いが霧散していくのは、残念なことだが必然とも言わざるをえまい。

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第二列王記 23:15-20

 北イスラエルだった地域は、ようするに、もともとイスラエルである。その領域を整え直そうと決意したのは、イスラエルの後継者の一方、しかも残っている者としては望ましいことだ。ヨシヤ王にとって、北イスラエルは対抗相手ではなく、同胞であったのだろう。しかも、すでに消滅している北王国について、である。もし、代々の南王国の王たちがこの意識を持っていたら、そして、北王国がそれに応答していたら、事態は全く別のものになっていたのだろうが。300年も前の預言者に関わる出来事についても敬意を示しているあたりも、彼が神の前をしっかりと歩んでいこうとしていることがよく示されている。

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第二列王記 23:4-14

 ヨシヤ王の取り組みが徹底していたことが、詳しく記録されている。気持ちの問題は最重要だが、人の、そして社会のあり方としては、具体的な事柄を整えていくことが大きな意味を持つ。ユダ王国は神のものである。だからこそ、そこにある偶像は排除されるべきである。それにしても、これだけのものがマナセによって、あるいは以前の人々によって作り出されていたのかと、唖然とさせられるほどのものだ。ちなみに、こういった掃除は、国内においてである。つまり神の民のところで、である。世界中の神々の像を廃棄するために遠征した、というような指示は、聖書には出てこない。

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