ローマ

ローマ 16:25-27

 手紙の終わりには、神の祝福を祈る言葉がつく。聖書にある言葉はしばしば、人間たちの幸せを祈ると言うよりは、神の偉大さ、確かさを語る言葉になる。これだけすばらしい神がおられるならば、それでもう大丈夫だという信頼、確信が、その言葉には込められている。
 ローマ書は福音とは何かということを語ってきたので、ここでもまた、私たちに与えられた福音、神の約束の偉大さ、素晴らしさを語りつつ、その神を賛美する祈りの言葉になっている。そう、人々の幸せを願う言葉ではないのだが、でも、この確かさが打ち出されるところにこそ、この信仰の意味合いが表されているのだと言えるだろう。
 日々、神のなさっていること、語られていることを確認し続けることは、自分たちの幸いを心から確信することと深く結びついているのである。

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ローマ 16:21-23

 ここにあるのは、パウロ伝道チームの面々である。共に旅をしていた人々、あるいは、この時滞在していた地の同労者たちである。神は人を、たった一人で歩ませるおつもりはないのだと、聖書は繰り返し告げている。孤立無援を嘆く人々に、あなたは一人ではないのだと何度言われたことか。人は一人では進んでいくことができない。神はそんなふうにはお造りにならなかったからだ。それで、パウロのようにかなり過激な性格の持ち主で、猪突猛進の気がある人でも、ちゃんとチームで動いている。もし、主の働きをしたいと願うならば、共に労する人々を持つ必要がある。日本の牧師たちがこの点がとても苦手であることを痛感し、自戒もするけれども、聖書はこの真実をきちんと語っていることを、見過ごすわけにはいかない。

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ローマ 16:17-20

 この手紙では、コリントなどとは違い、抗争をもたらす人々の様子は特に語られていない。まだその影は薄いものだったのだろうか。真実を大事にするための争いは、決して忌避されていない。昔の預言者たちは間違いに陥った民のために、徹底抗戦を覚悟して語りかけた。問われるべきは、争いの有無以前に、何を語っているか、である。「あなたがたの学んだ教えに背いて」とあるように、和を説きながら異なった教えを標榜しているなら、それはむしろパウロ自身のように、徹底抗戦が必要でもあろう。外面的な良さにごまかされるなと告げられている。だまされてはいけない、と。真実を見極める目は、どうしても必要なのだ。悪の攻撃は、常にあるのだということを忘れてはいけない。そして、自分自身に関しても、それが真実に立つものであるのかどうかを、常に、繰り返し、主の前に問い続けねばなるまい。どれほど熱心に取り組んでいる時であっても。

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ローマ 16:16

 このあたりは、文化の違いをちゃんと考えておかねば。アメリカなら、キスはともかく、ハグは比較的気楽になされているが、日本ではなかなかね。握手をすることすら、人によってむしろ警戒心が強くなる可能性はある。今でも。
 でも、親しく語ることはできるはずだ。笑顔を傾けることを拒みはしないだろう。もちろん、表面だけの笑顔ではなく、である。薄っぺらな笑みは、すぐに見破られるし、むしろ最も警戒されるべきものになってしまう。そして、真剣にその人のために祈っていること。何か事ある時には、いくらでも助けてもらえる、そういう安心感が共有されているなら、そういう親しみ、つながりがあるなら、そこにこそ、真の結びつきが生み出されるだろう。「聖なる口づけ」はしなくても。

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ローマ 16:12

 主にあって労苦している、という言い方が、何度か出てきている。同労者という言葉も、ギリシャ語には必ずしも「苦労」という意味合いはないようだが、訳語としては適確だ。苦労を共にする、重荷を共に担う、安全なところで応援しているのではなくて、一緒に歩もうとするのだから。
 主にあって歩もうとすると、たぶん、苦労する。好んで苦労を求める必要はなく、平穏無事に進む方が望ましいのはもちろんだ。でも、この世と調子を合わせず、それに、世が拒んだキリストに従おうとするならば、おそらく問題は生じる。もし、自分が幸いで楽しく過ごすことだけを考えているなら、この生き方は期待はずれになるかもしれない。でも、神は人々に救いを与えた時、一気に天国に引き上げはしなかった。人々がその人生を、真に意義あるものを大事にして歩み進むことを望んだからだ。もちろん祝福を願う。だがそれは、真に意義あるものの上に立ってこそ実現すると知っているからこそ、もし必要なら、その苦労から逃げ出したりはしない。それを信仰に生きると呼ぶ。

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ローマ 16:3-4

 新約聖書の中で、いわゆる使徒の次くらいに有名な二人である。パウロとの出会いは使徒18章、コリントにおいてであった。彼らはパウロに協力し、後にはアポロという伝道者を支え励まし、自らの家を開放して教会の集まりを持ち(当時は大きな家を持つ者が自宅を開放して集会をするのが一般的)、初期の教会にとって大事な支柱となった。彼らに共感して、同じように家庭を開いて、様々な人々を迎え入れ、あるいは伝道者たちを励ます営みをする人たちは、現代も多々いる。日本でも、明治初期に農村部にキリスト教が浸透したのは、その地にある豪農的な人たちが信仰を持ち、大いに働きかけたからだと言われている。規模はどうでも良い。ウサギ小屋と称される日本の家に大人数は集まれなくても、数人の集まりであってもなお、そこに神を慕い求める人々の憩う場所が提供されるなら、その意義はとても豊かなものとなる。

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ローマ 16:1-2

 新改訳聖書で「執事」と訳されている言葉は、当時が男性社会であったことを踏まえて、教会の正式な役職を想起させる「執事」という訳語を避ける場合もあるようだ。1世紀の教会がどのような制度を持っていたのかについては、それはそれとして大いに研究すれば良いとは思う。ただ、この箇所を見る限りでは、それが公的にはどんな位置づけであったにせよ、フィベというこの女性が、ケンクレヤの教会で大事な役目を果たしており、大いに人々のためになっていたことはよく分かる。社会的に言えば決して女性が活躍しやすい環境ではない。時に誤解や反発も受けたかもしれない。それでも人々のためにと尽くしたその姿を、パウロはいの一番に取り上げているのだ。互いに仕えよ、ということも、隣人を自分自身のように愛せ、ということも、主の命令である。誰かの幸いのために奮闘する生き方は、実に美しい。

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ローマ 16:1-16

 たくさんの名前が並んでいる。研究者の努力によって、どんな人であったのかが判明している場合も少なくないが、解説書を持たずに聖書だけを読んでいる限りでは、なかなかその全貌を把握することはできない。だから、このまま読んでいて気になる人についてだけ、この後、少しコメントを加えることにする。
 ただ、まだ行ったこともないローマの教会にあてて、これだけの名前を挙げて語ることができるというのは驚きだ。ローマ世界では人々の行き来が多かったのでもあろうし、それ以上に、教会同士の関わりが深かったことを思う。それ以前に、互いについて関心を持っていたという点も。昨今は単立の教会が増えていると聞く。便利ではあるらしいが、他教会との密接なつながりを持ち続けることは、最初の頃からの大事な資質であることをも、忘れてはならないように思う。自分のことだけではなく他の人のことも顧みなさい、である。

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ローマ 15:30-33

 エルサレムにおける不穏な状況を、分かってはいたようである。ユダヤ人からの攻撃、そしてエルサレム教会の人々からどれだけ理解され得るかも、決して見通しが立っていたわけではない。それでも行くという選択をした点と、それから、このことのために祈ってほしいと人々に求めている点が、信仰の決断と言われるものの姿を見せてくれているようだ。人間的に考えたら、単なる無謀だろう。でも全能の神がおられることと、その神によって与えられている信仰者たちの絆を思う時に、彼はあえて進んでいこうとしている。そしてまた、ローマの人々、まだ見ぬ人々をすらも、この業に加わえていこうとされている。関係ない、知らない人々だ、ではなくて、このことはあなたがたのものでもあるのだという、はっきりとした強い思いは、信仰者に対して常に問いかけられているものだろう。

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ローマ 15:25-29

 パウロの旅には、福音を伝えることと共に、もう一つ、大事な用件があった。それは献金を運ぶことである。今のように銀行振り込みで届くわけではない。誰かが行くしかなかったのだ。そしてパウロは、ローマの人々と語り合うことよりも、今はエルサレムに献金を運ぶ方が先だと言っている。そのくらい、この役目を重要なものとして考えていたのだ。
 この献金は、エルサレムにいる困窮していた人々を支えるためのものであった。互いに愛し合えとの教えは、気持ちの問題だけではなく、具体的な形でも実行されていたのである。もちろん人は福音によってこそ救われ、その救いは経済的な事柄に左右されるものではない。でも、救いの恵みを受けているからこそ、是非とも誰かの必要に応えたいと願う。それが初代教会における良きあり方であったのだ。何事につけ、実践には知恵が必要だ。何をどうすれば相手に届くのか、と。私たちも問われている。

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