第二サムエル

第二サムエル 24:25

 ダビデは後にこの場所を、周辺も含めて金600シェケルで購入したのだが(第一歴代21:25)、ここには後に神殿が建てられることになる。ダビデはこの事件の後、すぐさま神殿建設に取りかかろうとするが、神から止められるということが第一歴代22章に出てくる。その仕事はソロモンが引き継ぐのだ。であるけれど、こうしてダビデの記録は、彼がしでかけした大きな過ちを語り、それから、後の神殿への序章的な事柄によって、終わりを迎えている。列王記はここから続きの話ではあるけれど、明らかに時代が変わって、まさに王たちの時代の記録となっていく。ダビデの生涯を読んできたのだが、亀もまた多くの過ちを抱えてて、まさに闇の部分も多々あるのだが、それでもなお彼が神の友と呼ばれ得ることに、人類としては大切な希望と励ましを得るのではないのだろうか。

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第二サムエル 24:18-25

 神の指示通り、ダビデは神の前に祭壇を築いて祈り、いけにえを捧げる。そういう儀式が罰を収束させる効果があるというのではなく(多くの宗教にはそういうものがあるが)、これはあくまでも神への願いであり、神の助けを信じての行動である。アラウナが無償提供を申し出たのは王への態度、あるいは国全体のためなのだから当然であるが、自分の祈りとしてなすべきと感じていたダビデは、これまた当然に、きちんと対価を払ってのことをと言っている。他人のふんどし、という言葉もある。銀50シェケルは約500gなので現代だと35000円になってしまうが、律法では結納金相当が銀50シェケルと告げられているところもあるので、もっと高かっただろう。とは言え、王のダビデにとってはさほどのものではない。妥当な程度、と言うべきだと思う。

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第二サムエル 24:15-18

 疫病の激しさは、ダビデを震撼させるものだった。あっという間に7万人である。せっかく人口調査をして国力を誇ろうとしていたのに、である。ダビデが神の前に必死になって願ったのも当然である。彼は少し甘く考えていたのかもしれない。もっとも、すでに神ご自身も、予定していたよりも早く、事を終わらせるように指示を出しておられたのだと書いてある。むろん、やり過ぎなどと言うことは神にはないのだけれど、でも、人間の目から見れば、そう言いたくなるほどの厳しさであったということだ。主はあわれみ深い、ということと、主は厳しいということとは、両面を知っておくべきことである。

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第二サムエル 24:10-14

 結果を手にして、ダビデは自らの過ちを悟ったとある。あまりにも豊かな国になっていたことに、神の恵みの深さを思い知らされたということだろうか。こういうあたりがダビデの心地よさである。深く謝罪したダビデであるが、しかし、今回は明確な報い、処罰が伴うことになった。選択肢の中で疫病を選んだのは、三日という短さも理由だったのではと思うが、ダビデ自身の言葉としては、人に追いかけ回されるのはつらい、ということで、ダビデにとってサウルに負われた日々の記憶がとてもつらいものであったことを感じさせられる。主はあわれみ深いから主に手に、というのは、神が直接操作することならば、いくぶんかのお目こぼしもという期待の感じられる。もっとも、この後に記されているように、事態はダビデの思惑を越えてあまりにも激しかったのだが。

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第二サムエル 24:8-9

 イスラエルの全土を把握するのに約10ヶ月かかっている。その頃のイスラエルは広大な領土を確保していたのだ。そして膨大な人員もいた。この人数は、いわゆる常設軍ではなく、戦いになったらかり出せる対象となる人口である。イスラエルとユダを別々に数えているのは、ダビデは最初にユダの王になったという経緯も関係しているのだろう。サウルの時は、出身のベニヤミン部族が弱小だったからか、一つの部族だけが特別に見られることはなかったのだが、ダビデの時は様々な事件においても、ユダと他の部族とのずれが見える。ソロモンの時は国全体の隆盛のゆえか、あまりこだわりはなかったようだが、その後はまさに分裂してしまったのだ。

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第二サムエル 24:3-4

 ヨアブは珍しくダビデに反対している。彼は優秀な人であり、ダビデにも、イスラエルにも忠実だったが、自分の責任分野がうまくいけば、その他のことについては気にしない人だ。ウリヤの時もそうだった。だからこそ今回は反対したのだとも言える。人は大概、その認識は狭いものであるが、逆にそれは、各自の専門分野では大きな力を発揮し得る、ということでもある。本来、そういう声にはちゃんと耳を傾けるべきだ。あいにく、この時のダビデは全く受け入れようとしなかったのだが。ヨアブはそれ以上の反対はしていない。彼なりに鋭い判断力は持っていたのだが、でも、実利的理由が大きかったので、王を最後までいさめることはしない。ヨナタンが共として隣にいたなら、と、改めて思ってしまう。

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第二サムエル 24:1-9

 ダビデの最大の過ちの一つ、と呼ばれることもある出来事が、最後に載っている。バテ・シェバ事件はダビデの個人的な罪だったが、今回は国全体を巻き込んでのものだ。時期は明確ではないが、様子からすると、ダビデが内外の問題をほぼ解決して、国の安定と繁栄を確保するようになったころ、だろう。11章で自らは出陣せずに昼寝をしていたのと似たような時期かもしれない。人口調査は、どこでもやることだ。神ご自身が命じたケースもある。そして、国を統率する王としては、自らの国力、それわけ戦力を把握することは大切な義務とも言える。ただ、このダビデの行動には深刻な意味があった。珍しくヨアブが反対したことからも、その重大さがわかる。イスラエルの勝利は、軍の強さによるものではない。あくまでも神が味方してくださるなら、である。だから、戦いにおいて重要なのは、軍備の増強や訓練ではなく、神に心から寄り頼むことだ。もちろんヨアブは将軍として軍の整備にも努めていただろうが、でも、最大の鍵は神が共におられることだった。それなのに今ダビデは、神に頼るよりも自分自身の力に注目している。だからヨアブは慌てている。それは最大の力を投げ捨てることになるのだから。

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第二サムエル 23:39

 ダビデの勇士30人(そう言えば真田十勇士というのもいた)のリストには、最後に興味深い名前が載っている。ヘテ人ウリヤである。あの、バテ・シェバの夫である。このリストは、そこに出てくる出来事からすると、ダビデが王となってしばらくあたりにはすでに定まっていたものなのかな、とは思う。でも、こうしてダビデの記録の最後に載せられるリストにも、彼の名前がちゃんと載るというのは、それだけの勇士だったということで、民にもよく知られていた人、だったということだろう。差し障りがあるから削除するなどとはせずにきちんと載せる、という姿勢は心地よいものだ。もっとも、それにしてもダビデは、こんなふうにして自分の大切な勇士を殺してしまうとは。人の罪がどれほどおぞましいかを痛いほど考えさせられる。

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第二サムエル 23:14-17

 ダビデと部下たちの親密な様子が書き記されている。ベツレヘムはダビデの故郷であることを考えると、その当時のイスラエルがどれほどペリシテに圧倒されていたのかがわかる。サウルに追いかけ回されながら、同時にペリシテと戦っていたダビデは、さすがに疲れていたのだろう。そんな主君の心がわかるからこそ、単なる戯れ言に過ぎない、愚痴のようなものに過ぎないダビデの言葉に、彼らは応えようとしたのだ。それは、水そのものではなくて、ダビデを励まし、力づけるためのもの、である。ダビデも、彼らのそういう心に深く感じて行っている様子だ。こんな関わりがあることは、立場は何であれ、誰にとっても大きな力になることだろう。

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第二サムエル 23:8-12

 勇士たちのリストを見ていると、こんなにも戦ってきたのだな、ということを痛感させられる。そんな様子を見て、だから旧約は残虐だ、というふうに言われるのだが、いやいや、こういう姿は人類の歴史全体の現実の姿であることを思い起こす。確かに、聖書の大半の部分は戦争や攻撃について、さほど否定的には語っていない。積極的に見える箇所もある。神は少なくともその当時の人々に、『戦うな」という命令を出してはいない。だが、神の御心を尋ね求めようとするのなら、そこに記されている出来事の数だけではなく、その先に何が願われているのか、人の様々な課題を越えた先に何があるのかを、必死で願い求めるべきだとは思う。言及されていないので終わり、というわけにはいかない。そう言えば、旧約には三位一体に関する具体的な言及はほとんどない。結局それは、御子の存在を目の当たりにしてからでないと、人は聖霊の意味合いを悟ることが難しいから、でもあるだろう。

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