列王記

第二列王記 25:27-30

 これはエホヤキンが55才の時の出来事になる。すでに力も影響力もない抜け殻のような存在を、あえて優遇することで当時のユダヤ、あるいは他の民族との融和を意図した、その道具としての扱いであったと言うべきだろう。彼自身は安堵しただろうが、民としては実質、何の変化にもなりえていない。このことを民族としての希望として受け止められるほど、ユダの末裔たちには余裕はなかっただろうと思われる。列王記は、一切の希望を失って滅んでいったという意味合いで閉じられている。だが、人々の思いを越えて、神は確かにご自分の約束を果たしてくださる。それに向けた動きはすでにあり、ダニエルたちの存在はその手がかりでもあった。誰も気づいていなかったようではあるのだが。

|

第二列王記 25:22-26

 残ったユダの民は、今度こそ悔い改めたのか。エレミヤ書39章以降にそのあたりの詳しい様子が記されている。総督になったゲダルヤは、エレミヤの言葉にも聞き従い、民を守るために奮闘した。だが王族のイシュマエルは彼を殺してしまい(総督になれなかった嫉妬心だろう)、バビロンの報復を恐れた民はエジプトに亡命している。その際にはエレミヤも連れ去られたと書き記されている。結局、彼らのその後は不明であり、自分の命は救ったかもしれないが、民としては消滅したのである。やがてユダは回復する。だがそれは神がしてくださったことによってであり、民自身の中には、その可能性すら見えていなかったことが、鋭く告げられている。

|

第二列王記 25:8-21

 バビロンによる破壊は徹底していた。都が破壊され、神殿も破壊された。神殿にあったすべての財宝は持ち去られて、ソロモンによって備えられたものは消えてなくなった。民は、神を礼拝する場所も失ったのだ。民自身も連れ去られている。すべてがいなくなったわけではないが、指導的な役割を果たせる人たちがいなくなってしまったため、この地に残ったユダヤ人もいたけれど、その後70年、何もできなかったのだ。18節からには、祭司たちが惨殺されたことが記されている。結局彼らは、神に仕える者出でありながらも、民が神を投げ捨てるのを傍観し、いや、同調していた。エゼキエルのように、すでに補囚となっていた祭司もいたので、その系譜は残ったが、今この時点でのエルサレムからは、神を礼拝するために欠かせない祭司もまた失われた。民は徹底的に捨て去られたのである。

|

第二列王記 25:1-7

 バビロンの傀儡として王になったゼデキヤが反逆したのを勇気と見るのは聖書には沿わない。神はそういった安易な勇気より、民の平穏を目指すように告げておられた。それに、結局彼は民を置き去りにして逃げたのであり、だからこそ、軍隊は彼を見捨てた。ゼデキヤへの扱いは壮絶なもので、つまり、彼が最後に見た光景は子どもたちが虐殺される様子、という意味だ。バビロンの怒りが激しかったことが分かる。ユダ王国滅亡は、民が積み重ね続けてきた罪の結果である。だが、そのぎりぎりに至ってもなお、彼らは悔い改めようとはしなかった。神が全面的に乗り出して、厳しく対処すれば人類は悔い改めると考える人もいる。だが聖書は、それはあり得ないと、この民の姿を示して告げている。

|

第二列王記 24:18-20

 ゼデキヤはヨシヤ王の息子に当たる。彼が傀儡政権の王に引っ張り出されたのは、人材の枯渇が理由だろう。エレミヤ書を見ると、彼の心は揺れていたようだが、列王記はあっさりと「悪を行った」と書き記すのみである。しかも彼はバビロンに反逆した。当時の情勢を考えて、全くあり得ない道を取る。彼なりの思いがあったとしても、それはエレミヤを通して語られていた神の指示にも合わず、全く愚かなものでしかなかった。国を滅ぼしたのは彼ら自身である。

|

第二列王記 24:8-17

 連れ去られたエホヤキムは、それでも生きている間は王として認められていたようだが、獄中死したようだ(歴代誌より)。息子のエホヤキンが王になったが、たった3ヶ月でバビロンの猛攻を受け、降伏して再びバビロンへの補囚が実行された。エゼキエルはこの時に連れて行かれた一団の中にいたようだ。前回はバビロンにとって役に立ちそうな者を連れ去ったとすれば、今回は徹底的な移住であり、国が成り立ち得る人材が失われてしまうほどのものだった。国はますます衰退する。最後の王ゼデキヤの時は、もはやまともな人材がいない、という様相だったはずだ。

|

第二列王記 24:2-4

 ユダ王国がここまでに至った理由として、列王記は明確に、マナセの問題を指摘している。むろん彼一人だけの問題ではなく、国全体が神から離れきってしまっていたことが理由と言うべきだろう。忍耐強く待ち続けてくださった神のあわれみだったが、その関係は終わってしまおうとしていた。むろん、それでもなお、人々が神に頼り求めるならば道はあるのだと、エレミヤ書はそのことを必死に呼びかけていたのだが、残念ながら耳を貸す者はごくわずかだった。

|

第二列王記 24:1-7

 ヨシヤ王はバビロンに好意的だったようだが、とすれば彼は国際情勢を完全に見誤っていた。信仰的にまっすぐであることと、そういった資質の有無は別の話だ。バビロンの襲撃に、一度は服従したエホヤキム王は、けれど反旗を翻した。こういう場合の処置に厳しいのは大国によくあることで、ユダ王国はあっけなく敗北し、彼自身も、そして、国の多くの支配者層が、バビロンに補囚として連れ去られることになった。ダニエルたちもその中にいた。国としてはまだ存続していたが、基本的な体力、能力を奪われ始めていたのである。終わりの時は近づいていた。

|

第二列王記 23:31-37

 ヨシヤ王もまた、息子の育て方に失敗した。エホアハズは神に背く道を歩んだ。ヨシヤを打ち破ったエジプト軍はユダ王国をそのままにはせずに、エホアハズは引きずり下ろして、弟のエホヤキムを王にしている。それに抵抗する力は、すでに南王国にはなかったのである。ヨシヤの繁栄も、それから信仰的回復も、一時のものに過ぎなかったということでもある。エホヤキムも悪に走り、ヨシヤの信仰を受け継ぐ者はいなかった。それにしても、エジプトから要求された金銭の額は、ソロモンの時代を思うと感慨深い。毎年666タラントの金が入ってきていた国が、1タラントの支払いに窮しているのだから。ユダ王国は完全に衰退の道を辿っている。

|

第二列王記 23:28-30

 ヨシヤ王の、そしてユダ王国にとっての悲劇は、彼が早世したことである。まだ39歳ということになる。ただし病ではない。彼は戦いに出かけていって、戦死した。その頃、メソポタミアではアッシリアがバビロンに負けて、勢力の交替が起こっていた。エジプトはバビロンに脅威を感じて、アッシリアを存続させることで防波堤にしようと考えたのだろう、援軍を送ろうとした。ヨシヤがそれを妨害しようとしたのは、アッシリアにひどい目に遭わされてきた経験から、バビロンの方がましだと判断したためか。歴代誌には、エジプト王がヨシヤに無謀な戦いに出てくるなと警告したことが書き記されているが、ヨシヤは果敢に出陣し、そして死んだ。それによって、南王国の命運、つまり、神の前に何とか残り続ける道筋は潰えてしまった。

|

より以前の記事一覧